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最高裁判所第三小法廷 昭和27年(オ)884号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小林一郎の上告理由第一について。

所論一は、原判決は本件家屋につき上告人と訴外大日本兵器株式会社との間に賃貸借契約が成立したことを認定しているが、右契約の成立につき何人が会社を代表若しくは代理して、いかなる手続によつて契約したかを明らかにしないので、原判決には審理不尽、理由不備の違法があると主張する。所論の点に関する原判示はやや簡略にすぎる恨みがあるが、その意とするところは、訴外鹿島三郎らが上告人の使者として大日本兵器株式会社(現在は日平産業株式会社)代表者中村某と斡旋交渉してその間に賃貸借契約を締結成立せしめるに至つたものであることを認定するにあつたことが、その挙示する証拠と対比することによつて看取し得られるので、所論の違法は認められない。所論二(上告代理人富田喜作の上告理由第三点同旨)は、原審が証拠に採用した証人塩野入其治、山口正美、入間川正治、石田勝也、中村泰治らの証言は伝聞証言であり、乙第一号証の一、二は訴訟提起後に作成されたもので伝聞を記載した書面であるから、これらを証拠としたことは採証の法則に違反するというに帰する。しかし、民事訴訟において伝聞証言であつてもその証拠能力は当然には制限されるものではなく、その採否は裁判官の自由な心証による判断に委されているものと解すべきことは、すでに当裁判所の判示したとおりである(昭和二五年(オ)一八一号同二七年一二月五日第二小法廷判決、集六巻一一号一一一七頁)。また訴提起後、挙証者が作成した文書であつても、当然に証拠能力をもたぬものではなく、裁判所は自由な心証をもつて事実認定の資料とすることができることも、当裁判所の判示したところである(昭和二三年(オ)四九号同二四年二月一日第二小法廷判決、集三巻二号二一頁)。されば、原判決には所論の違法はなく、論旨は結局原審が適法にした証拠の取捨判断を非難するに帰するので採用できない。

同第二(上告代理人富田喜作の上告理由第二点も同旨)について。

所論は、原判決が論旨摘録の三個の事実を挙げて被上告人中川正二には本件火災につき重大な過失があつたとは認められないと判示したことは首肯することができず、むしろ原判示の事実によれば同人に重大な過失があつたものといわなければならないのであるから、原判決は明治三二年法律四〇号「失火ノ責任ニ関スル法律」但書に規定する「重大ナル過失」に関する解釈を誤つたか、右規定を不当に適用しなかつた違法があると主張する。しかし右法律は、失火者の責任を軽減する趣旨において、一般不法行為の主観的要件として過失を挙げている民法七〇九条の規定を失火の場合には適用しないこととし、ただ失火者に重大な過失があつたときにのみ不法行為上の責任に任すべきことを規定したのであるから、失火者に対し不法行為による損害の賠償を請求する者は、失火者に重大な過失があつたことを立証しなければならないことはいうまでもない(大正四年(オ)六二三号同年一〇月二〇日大審院判決、民録二一輯一七二九頁)。そして、ここにいう重大な過失とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解するのを相当する(大正元年(オ)一二七号同二年一二月二〇日大審院判決、民録一一九輯一〇三七頁参照)。本件についてこれをみると、係争家屋の出火当時における気象状況、被上告人中川正二のなした焚火の場所の選定、監視の状況その他原審認定にかかる諸般の事情の下においては、原審が被上告人中川正二に注意義務を怠つた過失は認められるが、その程度は右にいう重大な過失に達するものではなかつたと判断したことは相当と認められ首肯することができる。原判決の趣旨とするところは、結局上告人の立証によつては被上告人中川正二に重大な過失があつたことを認めるに足りないものとして、上告人の主張を排斥したに帰するのであるから、原判決には所論の違法はない。

同代理人及び上告代理人富田喜作のその余の論旨は、すべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号ないし三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔)

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